「奇跡のリンゴ」で有名な木村秋さんをご存知の人は多いと思います。
 
不可能と言われた無農薬リンゴを可能にしたのが木村秋則さんです。
 
今でこそリンゴの無農薬は多少増えてきました。
 
それは不可能と言われたのを可能にされた木村秋則さんのお陰です。 
 
一人でも成功した人間がいれば不可能ではなくなります。
 
つまり
 
一つの成功がたくさんの成功を生み出していきます。
  
でも、最初にそれを成功させるのは並大抵の苦労ではありません。
 
木村さんが無農薬リンゴを成功させるためにはなんと11年の歳月を費やしています。
 
1978年から無農薬でリンゴ栽培を始めてようやく2個実ったのが1987年です。
 
翌年には畑で花が満開になり成功にたどりつきます。
 
なんと開始から11年です。
 
11年の間には800本あったリンゴの木を400本、枯らしてしまいます。
 
周りの農家からは完全に無視され、実家からは絶縁されます。
 
冠婚葬祭の案内も来なくなり近所からは回覧板さえ回って来ないようになります。
 
それこそ村八分の状態です。
 
そして友達もまったくいなくなり、家族以外は誰とも口をきかない日が何年も続いたそうです。
 
そして
 
お金が一銭も入ってこないから貧乏のどん底の生活です。
 
冬の間に出稼ぎに行って、生活費がひと月わすが3000円。
 
現金収入がないので税金が払えず健康保険料が払えないので健康保険証を取り上げられ、電気や電話も止められたそうです。
 
消費者金融十社から多額の借金もして最悪の時代だったと言われます。
 
5キロ入りのお米が買えないので1キロずつ買ってお粥にして食いつなぎ、三人の娘さんには工夫してハコベなど雑草をおひたしやゴマ和え、味噌汁の具にしていたそうです。
 
そして
 
娘さんは五円のチョコを3日間かけて食べたり、学校では一つの消しゴムを三等分して使っていたそうです。
 
ある時、娘さんの学校の先生から
 
「もういいじゃないですか、お子さんのことを考えてあげてください」
 
と諭されたそうです。
 
そのときにはさすがの木村さんも弱気になったそうです。
 
しかし、そんな木村さんに娘さんは
 
「じゃあ、今までなんで我慢してきたの
 
と逆に勇気付けたそうです。
 
なんかすごい家族ですよね。
 
まだまだたくさんのエピソードがあります。
 
しかし、どうでしょうか?
 
こんなに苦労してまで自分の信じた道を歩み続けられるものでしょうか?
 
それも10年以上です。
 
とても無理な気がします。
 
だから
 
無農薬のリンゴは奇跡と言われるのでしょう。
 
あなたならどうでしょうか?
 
自分も自信がありません。
 
今はインターネットで無農薬リンゴはいろいろと販売されています。
 
これは木村さんたちの11年の想像を絶する苦労があったからでしょうね。
 
木村秋則さんの成功により頑張れば出来ることがわかったからです。
 
つまり
 
無農薬のリンゴは不可能ではなくなったからです。
 
木村さんと木村さんご家族には感謝です。
 
早くリンゴ以外も無農薬が当たり前の日が来るといいですね。

このブログを読んでいただいたあなたにたくさんのいいことが起こりますように。

 
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